マリ子ダンスシアター

大自然の中で五感全てを刺激する

マリ子ダンスシアターは30周年を迎え、

2015年4月より、本格的なリトリートのためのプログラムを、完全クローズドで開催しております。

 

 

MARIKO DANCE THEATRE

マリ子ダンスシアター

 

www.marikodance.net

 

申し訳ございませんが、

完全クローズドクラスで開催のため、

住所や電話番号は、非公開とさせていただきます。

 

御用の方は、

下記メールアドレスにてご連絡ください。


marikodance@email.plala.or.jp

 

 

 


ダンス・ムーブメントセラピー

髙安マリ子 著  心理臨床学事典 丸善出版・2011  

 

  まず「ダンス」といえば、実は人類の歴史そのものとともにある。古代では、大自然の活動: 風の音、木や草がゆれる音、川や波の流れる音、鳥や虫、動物の声や「動き」そのものがダンスだったのである。ゆっくりと昇り沈む太陽は、人類にとって生きる根源のもっとも壮大なダンスであると考えた部族も多くある。また大地はゆっくり、海はそれよりもはやく動きダンスをする。人は本来、一定のリズムを感じ、四季などのめぐりをとおして心象(イメージ)とともに感情などをダンスにあらわしていた。すべてにいのちが宿りエネルギー活動として、ダンスをしていると考えられていたのである。そして、現在の私たちもまた、太陽の光とともに活動、すなわち「動き」はじめ、生きるというダンス(生活)をはじめると考えられる。現代社会では、この本来のダンスからは、ほど遠いところで時間と空間に束縛され、苦しい動きのダンスを強いられているので 一般の人はダンスそのものを見失ったとも言える。

 

ダンスムーブメントセラピーとは、バレエ、コンテンポラリーダンスや舞踏のような芸術としてのダンス やコミュニティー活動・エンターテイメントであるヒップホップ、フォークダンスの手法などを用いるのではない。大自然の力を感じた本来のダンス、天と地という大きな空間の流れ、それぞれの位置関係を感じ、時間においてもむしろ時間を超えた時空間のゾーンを使った治療法となる。人間も大自然の一部分であり、大自然の時空間を感じることで、自然の一部分である体そのものが体を修正しはじめ、内空間にゆとりが生まれるのである。

 

 運動、ムーブメントの概念とは、空間的関係を変えていくプロセスのことである。そのプロセスを通して自分とほかのものごととの位置関係が、変化していくのである。これは、それぞれのエネルギーどうしの変化やプロセスともいえ、そこにはさまざまな要素が存在し、目にみえないほかの現実とも関係しあっている。  すべての運動ではありとあらゆる位置関係がつながっており、目にみえるものと見えないものすべての運動(エネルギーどうしの運動)は、ある一定の踊り、周期的な循環として、私たちの体のうちやそとにあるのである。ものごと、ふるまい、選択、これらが適切であればすべてに均衡がとれるのである。

したがって思考パターンによる運動と、身体症状にあらわれる妨げとなる要素の周期的なうごきを、あたらしいエネルギーの関係性(プロセス)によって五感をとおしてサポートすることにより治療がなりたつ。自主性を生かして思考の二元性のうごきを知り、それをこえた立体的なイメージ力(いまの自分とは異なった文脈でものを考える力)を育てていけるようにすることである。アンダーウッドも言うように、言葉などのもつイメージ(心象)をおろそかにすると、イメージそのものが理解をひろげず縛る働きをし、ほかのものごとへの視点となってしまい、かえって、理解することがむずかしくなるのである。   

 

治療では、ことばをつかわず、精神症状の根源と身体要素を感じとり、「体軸」と「軸」のバランスと調和がはかれるように、動きのなかで位置関係の継続性を体感させる。それを通して、本来の要素(イド ID =ES)が、からだの意識をとおして語り、表現するように無意識的なアプローチをするのである。いままでに学んできたことが現状にあまり役立たない場合もあり、セラピストに自覚(アウェアネス)がなければ、治療とは逆のほうに進むこともある。

 

グロディックは「エスは人間を生かすものであり、人間として行動させ、考えさせ、成長させ、健康にまたは病気にならせる力である。」と述べている。(エスの本p.375)。  また、ユングは「赤の書」で光と闇について述べている(p.250)が、口承伝承(五感をともなった祖先たちの体験を再現し言葉にしていくプロセス)によって、言葉と思考の発展をなしてきた原住民の世界では、闇は知恵であり物事を見極めること、その理解を自然、無限である宇宙との調和にまでひろげ、相互関係(エネルギーどうしの運動)においてその理解をどう用いるかを心得ていることの大切さを強調している。それは、チベット仏教の教師ラマ・イェシも同じことを教えており、ユングもそのように曼荼羅について論述したのである。 

 

参考文献:

(1)G.C.Jung:The Red Book,「赤い書」リヌ・シャムダサーニ編 河合俊雄ら訳『赤の書ーThe Red Book』、創元社 2010

(2)Georg Groddeck:Das Buch vom Es:Psychoanalytiche Briefe an eine Freundin,    訳= 岸田秀・山下公子「エスの本-無意識の探求」誠信書房 1991

(3)Georg Groddeck ・ 野間俊一『エスとの対話ー心身の無意識と癒し』 新曜社, 2002

(4)Lama Thubten Yeshe; "BECOMING VAJRASATTVA" The Tantric Path of Purification; 2nd edition Wisdom Publication2004

(5) Paula Underwood: The Walking People A Native American Oral History ポーラ・ア ンダーウッド  訳=星川淳「一万年の旅路-ネイティブ・アメリカン口承史」翔泳1998

(6) 高安マリ子 ダンス療法 「精神分裂病のダンス療法」臨床精神医学、 30( 増刊号), 82-86, アークメディア 2001年

(7) 高安マリ子「ダンスムーブメントセラピー」精神療法,31(6)金剛出版 2005

(8) 高安マリ子「ダンス療法と新精神医学」最新精神医学,12 (3) 世論時報社 2007

(9)山中康裕「音楽と言葉に関する断章」Identity Project Liberty,美研インターナショナル、 1-2,2008